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慢性硬膜下血腫の診断を誤り、遷延性意識障害、四肢麻痺の状況から回復することなく死亡したことにつき、約5000万円で全面勝訴した事例

真実が伝わらない?訴訟に関するマスコミ報道の問題点と課題

2024年1月17日彦根市立病院の医師が慢性硬膜下血腫の診断を誤り重篤な後遺症が生じた医療事故についてマスコミ各社の報道がありました。富永自身が担当させていただいた事件です。

公的病院であり全面勝訴であったため、報道各社の方々は医療機関に対する信頼や司法制度の透明性に関する議論を促進する役割を果たすとお考えの上で報道されたと思っています。ただ、報道内容が若干、正確性を欠くものがあり、報道に対するコメントには誤解に基づくと思われるものがいくつかありました。

マスコミ報道の目的

マスコミ報道は、理想的には「司法制度と透明性と公平性の確保」に資するといわれています。公正で透明な報道を通じて、市民が「司法制度が適正に機能しているか」を監視することができ、司法機関に対する信頼を醸成し、法の支配を確立するための重要な手段となる、ともいわれます。また、「世論形成」に大きな影響を与えるものでもありますし、特に、感情的な事件や社会的にセンセーショナルな出来事に関しては、報道の内容やトーンが世論を左右することがあります。判決に対する期待や反応が形成され、司法プロセスに間接的な影響を与えることもあるのです。

マスコミ報道の誤り

しかし、今回、実際に事件を担当し、ご家族と戦ってきた弁護士目線で、自らも臨床に携わってきた医師目線で見ると、今回の報道には正確性に欠けるところがいくつかありました。記者の方々は判決から2-3時間後に記事を作成されるという時間的限界もあり、判決のごく一部を切り取って報道されることになる現実も知りました。その結果、事実とは違うような印象を読者に与えることがある、ということの危険性も感じました。

本件事案の背景

本件は、活動的だった70代の女性が、数日前から、今まで経験したことのないような頭痛や吐き気に襲われ、初めは自家用車で救急外来を受診しました。しかし、鎮痛剤の処方をされただけで帰宅を指示されました。その後も、自宅に帰ってから調子が悪い状態が続き、横になりがちで歩行困難にもなってきたため2日後に救急車を呼んで2回目の救急受診をしました。

担当医師は、1回目の受診時のカルテを見ていたにもかかわらず、ストレッチャーに寝たままの患者を診察し、起き上がれるかどうかも確認せずに「しっかりしておられるから大丈夫」と判断して鎮痛剤を追加処方して帰宅を指示しました。
その日の様子を見ていたご家族の記憶によると、医師は「立てるでしょう、歩けるでしょう?」と口頭で確認していたそうです。抱きかかえて車いすに乗せましたが、家族に「頭は問題ありません。薬がきいている証拠で、こういう状態になるのです。かかりつけ医に診てもらうように」といったそうです。

「(5月の連休中で)休みが長いのに、こんな状態でどうしたらいいのか」と家族が問うと、医師は「薬を出しておきます」と言い残して診察室を出ていったということでした。

このように、患者さんは車いすへの移乗も一人ではできない様子でしたが、医師が立って歩けるかどうかを確認することはありませんでした。

患者さんの状態は、その日も良くならず、その翌朝には意識が朦朧として家族の呼びかけに答えなくなったため、救急車を呼びました。救急隊が到着した時の意識状態は、JCSⅢ-100(痛み刺激に対して目を開けないまま払いのけるような動作をする)、救急搬送された後には、すでに慢性硬膜下血腫の出血増大により正常な脳が圧迫されてしまう脳ヘルニアになり、病院到着時にはJCSⅢ-200(痛み刺激で目を開けず、少し手足を動かしたり、顔をしかめる)状況になっていました。JCSというのはジャパン・コーマ(昏睡)・スケールという意識状態を評価する指標です。

その後、両側慢性硬膜下血腫により脳が頭蓋内でパンパンになる脳ヘルニアとなり、頭蓋内に血が流れることが出来なくなり、後大脳動脈の血流が脳の腫れで圧迫されていたため広範囲の脳梗塞に至っていることがCT検査で判明しました。脳外科医師による緊急手術として穿頭血腫洗浄術が行われましたが、すでに搬送時点で不可逆的な脳損傷が生じていたため、遷延性意識障害(声をかけても返答が出来ない)、四肢麻痺(手足を自ら動かすことが出来ない)状況から回復することはありませんでした。

交渉から裁判

訴訟提起前に、話し合いによる解決を求めましたが、相手方代理人からは「意識のない患者は弁護士を雇えないはずだから無権代理だ」と、後見人を選任してから連絡してくるように言われたため、家庭裁判所の手続きを行ってご家族が正式な後見人になってから改めて連絡しました。しかし、相手方代理人からは病院としてミスはないと考えている旨の連絡が来ました。話し合いによる解決をする余地はないと言われてしまったため、ご家族としてはやむなく訴訟提起せざるを得ない状況となりました。訴訟提起後も、患者さんは寝たきりのままの生活で、当方としてはできるだけご存命中に解決をしたいと訴訟を迅速に進める努力を尽くしましたが、訴訟中にご本人は息を引き取られました。

マスコミ報道の内容

実際に、医学的には正確でない記載はどのあたりにあったのか、説明します。

「老衰」という言葉から受ける印象

一部の報道では、判決の概略とともに、提訴後に患者さんが死亡した原因を「老衰」と記載しています。
「老衰で死亡」と書いていたら、どんな印象を受けられたでしょうか?もともと全身状態が悪い、寝たきりの患者さんであるかのような間違った印象を持った方もおられるのではないかと思います。

今回、「老衰」という診断名がついたのは、寝たきり状態であった患者さんが息を引き取られ亡くなったときに、様々な追加検査を行わず死亡診断書が作成された経緯がありました。実際の死亡診断書に「老衰 1日」、その原因は「慢性硬膜下血腫 2年」と書いてありました。老健施設などでは、明らかな理由がなく息を引き取られたときに「老衰」や「心不全」などと書かれることが、よくあります。

 この「老衰」という言葉が独り歩きして、もともと寝たきりだった患者だったかのような書き込みやコメントが寄せられていました。事実を知っている弁護士としては、ご家族が不快な思いをされたのではないかと、非常に不本意でした。

「頭痛」だけではなかった

報道記事では、頭痛が問題視されていますが、記事を読んだ方のコメントの中には、「頭痛で来た患者に対して全例CTを取れというのか」、「医療現場をわかっていない奴の言うことだ」、「こんな判決が出るから医療が崩壊する」、「彦根市民病院は控訴して戦うべきだ」などというものがあり、本当の事実が歪曲されて伝わることの恐ろしさを感じました。

当方も救急外来を担当していた元臨床医として、医療従事者の方々に、特に初期研修医の先生方に、今回のケースを教訓として、是非真実を知っていただきたいと思いました。
ご遺族の了解を得て、カルテなどからわかる事実を説明します。

【初診】

はじめに救急外来で診察した医師は、初期研修医でしたが、丁寧に診察をしてくださったと思います(現在は総合内科医、救急医として活躍されておられます)。

「頭痛red frag」、「今まで経験したことのない(+)」、「これまでとは異なる(+)」、「50歳以上で初発(+)」と記載し、いわゆる危険な頭痛(二次性頭痛)ではないかと疑っていました。しかし、残念ながら、肩こりや精神的な緊張からくる緊張性頭痛かもしれない、と考えたようです。

頭痛の診療ガイドラインに沿えば、CTなどの検査を行うべきだった、と考えられます。しかし歩いて来院できた患者さんに対して重症感や切迫感を感じなかったのかもしれません。
同じ場面でも慎重な先生ならCTを取ったでしょう。しかし、初診のドクターは、くも膜下出血ではなさそうだ、と考えて状態が悪くなったら来るように説明し、CT検査はしませんでした。

 

【二度目の受診】

患者さんやご家族は、悪くなったら来るようにいわれていたので、2日後に来院しました。2回目の受診時は脱力感があり歩けない状態だったので救急車による搬送でした。救急隊からの搬送時の傷病者搬送票に、「後頭部のズキズキする持続痛」、「全身の脱力感」と記載されていました。

救急外来の看護師は、カルテに「本日6時起床時から後頚部痛があり全身の脱力も出現し体動困難となり家人が救急要請」と記載していました。

しかし診察した医師はストレッチャーに患者さんを寝かせたまま、上体を起こすこともしないで診察しただけで、一次性頭痛(頭蓋内の病変がない頭痛)だと判断して、鎮痛剤処方だけをしました。

【医師のカルテ】

この判断について臨床医の先生方はどうお考えになるでしょうか?二日前にも頭痛と吐き気があって救急を受診し、今回は歩けないといって救急車を呼び、頭痛も治っていない(さらに、血圧も普段130のところ160台まで上昇し、37度台の微熱がありました)。車いすに何とか移乗できる、という歩行困難の状態でしたから、CTを取って二次性頭痛(頭蓋内病変などが原因となって起こる危険な頭痛)だと考えることはできたのではないでしょうか?

当方も、「もし自分が医者として救急外来でこのような患者さんが来たとすれば、CTを取って頭蓋内病変のチェックをしなければ、怖くて家に帰せないな」と感じました。そのため、遅くとも2回目のこの時点で、CTなどの検査を行う法的義務がある、といえるのではないかと考えました。

その後、患者さんは一旦家に帰り、具合が悪くなって翌日に意識障害で救急搬送されましたが、すでに脳が腫れてしまって回復することはできない状態に陥っていました。そのときに診察した脳外科医師も、昨日の受診時点でimpending「脳ヘルニアが切迫した」状態だったのだろう、と正直にカルテに書いていました。

社会への情報提供

マスコミ報道は、一般市民が訴訟の詳細を知るための主要な手段です。裁判の内容や進行状況を報道することで、社会全体が司法制度の機能や問題点を理解する助けとなります。公的関心が高い事件や社会的影響力の大きな訴訟においては、報道が市民の関心を喚起し、議論を促進する役割を果たしますが、判決文を、医学的に正しくまとめて報道していただくことが大前提として必要だと思います。

今回のように、医療従事者から見ても、2回目の救急搬送時にCTを取らなかったことは問題があり、予後が良いといわれている慢性硬膜下血腫だったことからさかのぼって考えると、CTを撮っていれば、患者さんは元気に回復して、元気な老後を過ごせた可能性が高いケースだったといえます。裁判官達は、カルテや医師の証言を詳細に検討し、こちらから提出した慢性硬膜下血腫の統計データ論文もきちんと読み、3人で合議して、今回の勝訴判決を書いてくれたのだと確信しています。

証人尋問をもっとオープンにすべき

今回のケースは、2回目の担当医と患者さんのご遺族が法廷で証言する、「証人尋問手続」も行いました。おそらく報道各社の方々が、証人尋問での医師の発言を傍聴されておられたら、今回のようにニュアンスが違う、間違った報道をされることはなかったと思います。

尋問では、医師自らも、今回の自分の診察が正しかったとは主張しませんでした。今、同じ状態の患者さんがいたら、CTを撮りますか?という質問にも、「わかりません・・・」とうつむき続けるだけで、それ以上何も説明はありませんでした。裁判官は、その時の医師の回答を長時間待っていましたが、医師は小さな声で「わかりません」ということが精いっぱい、という状況でした。

またストレッチャーに乗せたまま、寝たままの姿勢で簡単な診察をして、患者さんを起き上がらせたり、歩けるか試してみたりすることはなかった、と医師は自分でも説明しておられました。

訴訟報道は、訴訟の当事者に対しても重大な影響を及ぼすものです。報道によって事実が歪曲されたり、過剰にセンセーショナルな報道がなされたりすると、医療ミスで大切な家族を傷つけられたり失ったりした後にも、さらに社会の目にさらされて社会的評価や心理的負担が増大する可能性があります。証人尋問は、法廷で実際に傍聴してみるとわかりますが、証人の人柄や性格、嘘をついている感じなのかどうか、肌で感じることが出来ます。できることなら、尋問の際にもきちんと取材し、正確で公正な報道をしてもらえたら、医療裁判の報道による社会的意義を実現できるものになるはずだと信じています。

是非、医療裁判の証人尋問も積極的に傍聴していただきたいと思います。

医療訴訟や医療ミスに関心を持ち続けてくださる報道関係者の方々が増えてくれることを祈りつつ、期待を込めてこのコラムを届けたいと思います。

訴訟に関するマスコミ報道は、社会に対する情報提供や司法の透明性と公正性の確保において重要な役割を果たしています。報道機関が、公正で客観的な報道を行い、情報の公共性と個人の権利のバランスを取った適切な報道をしていただくことで、一般市民が司法制度を正しく理解し、信頼を持つことができる社会が実現されると信じています。

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医師・弁護士 富永 愛(大阪弁護士会所属)

この記事を書いた⼈(プロフィール)

富永愛法律事務所
医師・弁護士 富永 愛(大阪弁護士会所属)

弁護士事務所に勤務後、国立大学医学部を卒業。
外科医としての経験を活かし、医事紛争で弱い立場にある患者様やご遺族のために、医療専門の法律事務所を設立。
医療と法律の架け橋になれればと思っています。
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