不整脈(心房細動)に対する「バルーンアブレーション」と呼ばれる治療で、血管内に空気が混入する空気塞栓がおこり、それが原因で脳梗塞を発症し、高次脳機能障害と片麻痺の後遺症が残ってしまったケースのご相談がありました。
日本では、健康に見える人でも症状がないまま不整脈を起こしている人は多いといわれ、不整脈は私たちにとって身近な病気です。不整脈の症状は、経過観察で良いものから、治療が必要なものまで様々です。
このコラムでは、不整脈やバルーンアブレーション治療とは何か、どうして事故が起きたのかを解説します。
不整脈とは
不整脈とは、心臓が正しく拍動せず、脈のリズムや速さが乱れることをいいます。
心臓の拍動は、ペースメーカーの役割を担っている「洞結節(どうけっせつ)」から送られる電気信号でコントロールされています。何らかの原因でこの電気信号が不規則になったり、異常なところから電気信号が発生すると、通常一定のリズムで拍動している脈が、速くなったり、遅くなったりするのです。
不整脈は大きく3つに分類される
- 期外収縮不整脈…脈が飛んだり、抜けたりする
- 頻脈性不整脈…脈が速くなる ←高齢者に多い心房細動は2のひとつに該当します
- 徐脈性不整脈…脈が遅くなる
アブレーション治療
不整脈に対する治療法で、太ももの付け根から血管内に挿入したカテーテルを使用して患部を焼灼(焼いて治療)します。アブレーション治療には、焼灼の方法が複数あり、症状によって必要な方法が選択されます。
カテーテルアブレーション
カテーテルの先端を使って異常のある心筋を1か所ずつ点状に加熱し(焼くことで)治療します。
不整脈の種類で言うと、主に上述の2 頻脈性不整脈に対する治療に用いられます。
バルーンアブレーション
不整脈の中でも心房細動(心房が小刻みに痙攣する)に対して適応となる治療法です。カテーテルの先端についている風船状の器具を膨らませ、心筋に押し当てて治療します。
バルーンアブレーションは、治療を行う器具や方法によって手技が異なります。
- クライオバルーン:心筋をガスで冷却し凍傷のような状態にして焼灼
- ホットバルーン:高周波であたためたバルーンで心筋を加熱
- レーザーバルーン:内視鏡で確認しながらレーザーを照射して焼灼
これらのアブレーション治療は、不整脈を引き起こす原因となっている不規則な電気信号を止めることを目的に行われます。問題のある心筋の表面を焼いて、異常な電気信号が伝わらないようにするのです。
今回のケースで実施されたのは、クライオバルーンと呼ばれる、心筋をガスで冷却する方法でした。
医療事故の経緯
心不全や不整脈の既往がある70代男性が、頻発する不整脈の根治治療のために、ある総合病院でアブレーション治療を受けることになりました。
手術中、右心房から左心房へのシース※の挿入に難渋し、何度もカテーテルの挿入や抜去を行ったことで、血管内に誤って空気が混入し空気塞栓を起こしました。
その際、メーカー推奨ではないカテーテルが使用されていたことが、後に病院からの報告でわかりました。(※シースとは、カテーテルが通るための経路の役割を持つ筒状の医療器具です。)
空気塞栓の可能性を疑いながらも、医師たちは手術を止めることなく続けてしまい、術後のCT検査で初めて心臓に空気が入っていることを確認しました。
その後、検査を繰り返し病室で待機をしているうちに空気が脳の血管まで達し、男性は重度の脳梗塞を発症しました。
血管内の空気が脳に達し、脳の血流を止めてしまうと脳梗塞や全身の臓器不全を引き起こします。
この病院では、処置中に頭部に空気が行かないように頭部を低くする予防的体位もとっておらず、空気の移動を助長した可能性も考えられました。
男性には脳梗塞の後遺症として、高次脳機能障害と片麻痺が残り常に介護が必要な状態となりました。
学会でも注意喚起がされていた
日本不整脈心電学会は、クライオバルーンの治療の際に、空気塞栓による重篤な脳梗塞、心筋梗塞の発生が相次いでいると、注意喚起を行っていました。学会が原因の一つとして挙げていたのが、メーカー推奨以外のカテーテルの使用です。
特にクライオアブレーション用のシースに、メーカーが推奨するものよりも細いカテーテルを挿入しないように注意を呼び掛けていました。注意喚起がされたのは、本件事故の2年ほど前であり、この病院も認識していたはずです。
病院からの説明
病院では、院内事故調査が行われました。病院側がまとめた報告資料には、シースの構造上、偶然空気が入る可能性は否定できないとした上で、以下の問題点があったと認めました。
- カテーテルの挿入・抜去を繰り返した手技
- メーカー推奨以外のカテーテルの使用(添付文書に反していました)
- 必要以上に深い鎮静(処置中の鎮静方法についてもガイドラインに反していました)
- 空気塞栓の初期診断の遅延(手術中に気づいていたのに続けたこと)
- 予防的体位の不保持(頭を下げる体位にしなかったこと)
また、事故後の入院中に、医師の指示とは異なる薬が投与される間違いも起きていました。
実際の医療機関からの説明文書がこちらです。(ご家族より許可をいただき掲載しています。)
交渉が進まず当事務所に相談
病院との話し合いは、ご家族が患者さんの介護の合間をぬって、数年にわたって続けておられました。病院側の代理人はある程度の金額を支払うということでしたが、ご家族としては提示されている解決金の金額が適切なのかなどの疑問をお持ちで、その内容が正しいのかを知りたいと、当事務所にご相談いただきました。
法律相談では、当事務所で調査した似たケースの判例、提示された金額の根拠など、ご家族の疑問点にお答えできる資料も準備して、今後、ご自身で交渉を続けるにあたってのアドバイスをさせていただきました。
医療事故に遭われた患者さんやご家族から、「裁判できますか?」と聞かれることが多くあります。裁判に勝つことで、医療機関のミスを法的に認めてもらいたいと追い詰められている方もおられます。
しかし、医療機関に説明を求めたり、賠償を求めるたりする手段は必ずしも裁判だけではありません。
今回のケースのように、ネットで情報を入手して、自ら勉強し、患者さんご自身やご家族が医療機関と直接話し合いをすることも増えてきたように思います。医療機関の対応にもよりますが、患者さん達が弁護士に依頼することなく解決できる場合もあると思います。ただ、医療機関側に既に弁護士がついている場合、相手はプロなので法律の素人である患者さんに対し、不当な条件での示談を勧めてくる可能性もあるため、注意が必要です。必要に応じて、専門家に相談することも検討してみてください。