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手術支援ロボット「ダヴィンチ」による子宮体がん手術後に患者が死亡 医師たちも首をかしげる病院の「過失なし」主張

2024年10月16日 | コラム

最近はテレビドラマで取り上げられたこともあり、手術支援ロボットの存在をご存じの方も多いのではないかと思います。現在、日本の病院が導入している手術支援ロボットで寡占状態ともいえるシェアを持つのが、「ダヴィンチ」です。

2022年に、長崎大学病院で子宮全摘手術後に患者が死亡する医療事故がありました。
同年7月、ステージⅠの子宮体がんと診断された女性は、手術支援ロボット「ダヴィンチ」による子宮全摘手術を受け、10日ほどで退院しましたが、数日後下半身から多量の出血があり、その後出血性ショックで亡くなりました。

 

手術支援ロボット「ダヴィンチ」とは?

 

ダヴィンチは、インテュイティブサージカル社が開発した内視鏡下手術支援ロボットです。大きな特徴は、医師は患者さんに触れずに遠隔で手術を行うという点です。
ダヴィンチを使った手術では、医師がサージョンコンソールと呼ばれる操作ボックスに座り、患者さんのお腹にあけた小さな穴に手術器具を取り付けたロボットアームと内視鏡を挿入します。そして、操作ボックスの中で内視鏡画像を見ながらロボットを操作して手術を進めていきます。

ダヴィンチでの手術は、傷口が小さく、出血量も少ないため術後の回復が早いことなどがメリットです。しかし、医師には患部に直接触れる感触がないため、その感覚になれるためのトレーニングを重ね、認定資格を取得した医師のみが執刀を認められます。

本来の手の感覚以上に細かい操作が可能になった反面、思わぬ出血やトラブルへの対処は豊富な手術経験や技量が必要となります。

病院は「過失なし」と結論

病院の病理解剖では、患部近くの動脈に約2ミリの裂孔(穴)が確認され、そこから出血したと考えられました。

病院内に設置された調査委員会により、外部の専門家を交えた調査が行われましたが、動脈にあいた穴は手術が原因ではなく、術後に起きた感染による炎症が原因だと報告されました。病院は調査報告の内容を受けて、「ダヴィンチ」にも、執刀医にも問題はなく、「過失はなかった」と結論づけました。

ご遺族は「過失がないと言い切る病院側の主張は到底受け入れることができない」と胸中を話されています。

医師向けのサイトでは、「過失なし」とした病院の結論に疑問を抱く多くの意見が集まりました。

例えば

「下部消化管術後感染でもこれほど早期に出血起こすことは稀です。ましては子宮全摘で感染(炎症)ではありえないのではないでしょうか?多くの方が推察しているようにエネルギーデバイスによる遅発性出血を考えるべきでしょう。」

 

「報告が大学側(医師側)の意見に偏向しているように思えてなりません。」

 

「手術とは関係のない炎症で動脈に穴が開くとは考えにくい」

 

「病院側の主張には無理があるような・・・。血管損傷を起こすような骨盤内炎症とはどんなひどい炎症なんだろう」

 

「腹腔鏡で問題ない手術をダヴィンチでやるメリットはない」など。

ロボット手術の安全性についてコラム「ロボット手術は安全か?」でもお話ししていますので、こちらもぜひご一読ください。

合併症のリスクは、手術方法にかかわらず、ある程度考えられるとしても、調査報告の内容は腑に落ちるものではないと感じている医師が多くいらっしゃいました。
そもそも、ロボット手術を選択する必要はあったのか、病院の実績づくりのためではないのかとの意見もありました。

長崎大学病院は事故が起きた後、同じ手術の実施を停止していましたが、「再発防止策を十分に実施する体制が整った」として、2024年2月から再開しています。

ロボット手術の普及には課題も

ロボット手術は草創期を過ぎ、ダヴィンチに限っていえば日本ですでに700台以上が導入されています。順調に普及しているように見えるかもしれませんが、「導入している=ロボット手術が安全にできる」というわけではありません。

日本外科学会では、ロボット支援下での様々な手術を高難度新規医療技術に指定しており、十分な症例が蓄積できるまで、「医療提供時に、当該技術に経験豊富な者を招聘(しょうへい)しその指導下に行うこと」、「手術部門、集中治療室、麻酔科医師、看護部門等の院内関係者の間で提供前に十分な連携を取ることが必要」であると厚生労働省の研究班からも指針が報告されています。(高難度新規医療技術の導入にあたっての基本的な考え方

しかし、過去には、院内の体制が不十分だったことで事故につながったケースもありました。

ケース①

ある病院で、ダヴィンチを使用して初めての術式で臨む手術であったにもかかわらず、高難度新規医療技術の申請をせず、院内で十分な検討を行うことなく肝臓・胆管を切除する手術を実施しました。
想定よりもはるかに手術が長時間になり、手術中の予期せぬトラブへの対応も難渋し、手術中の手技がきっかけで動脈が傷つき出血、その後患者さんは亡くなりました。(公益財団法人日本医療機能評価機構 医療事故情報

ケース②

呼吸器内科でダヴィンチによる右上葉切除中、動脈を損傷し、開胸手術に切り替えて、手で圧迫しながらの止血、輸血等で対応しましたが、患者さんは人工心肺を装着してICU管理となり、その後亡くなりました。
病院の報告から、医師がダヴィンチの手術に未習熟であったことが事故要因の一つであるとわかりました。(公益財団法人日本医療機能評価機構 医療事故情報

ロボット手術では開腹手術と比較すると、大出血が起きた時、直接手で圧迫止血は出来ませんし、レンズに血液が付くと視野が遮られてしまい、身動きが取れなくなる可能性もあります。そうしたトラブルに対し、すぐにアーム類を取り外し、開腹・止血のサポートをするなど医師単独ではなくチーム、多職種で訓練を重ねる必要があります。

患者さんの体に負担の少ない手術であることは大きなメリットですが、それは安全に行われてこそ言えることです。

日本の医療界は人不足が慢性化し、ロボット手術においても術者の教育が追いついていないのが現状です。

医師・弁護士 富永 愛(大阪弁護士会所属)

この記事を書いた⼈(プロフィール)

富永愛法律事務所
医師・弁護士 富永 愛(大阪弁護士会所属)

弁護士事務所に勤務後、国立大学医学部を卒業。
外科医としての経験を活かし、医事紛争で弱い立場にある患者様やご遺族のために、医療専門の法律事務所を設立。
医療と法律の架け橋になれればと思っています。
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