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病院が両親へ必要な指導をしてくれていれば…気管カニューレが閉塞し、低酸素性虚血性脳症となった女の子が3歳で死亡 名古屋高裁で遺族が逆転勝訴

2024年08月19日 | コラム

呼吸を助けるための「気管カニューレ」を使用していた生後6か月の女の子が、病院を退院した翌日に気管カニューレが閉塞し、長時間呼吸ができず低酸素性虚血性脳症を発症、意識不明の状態となってしまいました。その後、女の子は意識が戻らないまま3歳で亡くなっています。

2023年10月にも、岩手医大病院で同様の事故がありましたが、気管切開後の永久気管孔の仕組みを理解していなかったとして病院はすぐ事実を認め謝罪しています。

【コラム】たん吸引不十分で医療ケア児死亡 岩手医大病院で医療事故

病院は女の子が退院する際に、ご両親に対してトラブル時の気道確保や対応方法について、十分な指導を行っていませんでした。

ご両親は弁護士を通して「最初は原因が分からなくて、自分たちに原因があると思っていた。自分たちを責める気持ちでいっぱいだった。今回の判決で病院の責任を認めていただいて、娘の無念を晴らせたことでほっとしました」とコメントされています。

当事務所にお子様のことでご相談に来られるご両親も、ご自分たちを責めておられることがとても多いです。初めから裁判や賠償などという大それたことを考えている方は、ほとんどいません。
病院の不誠実な対応に落胆し、失望しながら訴訟をせざるを得なくなってゆかれるのです。

この裁判では、医療従事者でないご家族に、様々なケースを想定した対処方法を具体的に指導しておかなければ、いざという時に対応できないのは当然だという、当たり前のことが争われました。

さらに、女の子の入院中にも気管カニューレが事故的に抜けてしまい、救命処置が必要な場面が3度もあったといい、ご自宅で同じような事故が起こらないよう特に配慮が必要な状況でした。

この事故は、病院の「療養指導義務違反」(自宅での医療的ケアについて適切な指導を行う義務に違反したこと)を巡って、地方裁判所では原告(ご両親)の訴えが退けられたのに対し、高等裁判所では病院の責任を全面的に認める原告勝訴の判決が出されました。しかし、病院側が上告し、今も最高裁での裁判が続いています。

では、事故の原因となった気管カニューレとはどんな医療器具で、どんな時に必要とされるものでしょうか?

そして、なぜ地方裁判所と高等裁判所の判断は大きく違ったのでしょうか?

Q,気管カニューレはどんな医療器具?どんな時に必要?

Q,地方裁判所と高等裁判所の判断が違ったのはなぜ?

今回のコラムでは、この2つのトピックを中心に解説します。


まずは、事故の原因となった気管カニューレについて説明します。

Q.気管カニューレとはどんな医療器具?どんな時に必要?

気管カニューレとは

呼吸を自分で行うことが難しい場合に、のどの部分を切る気管切開を行い、気管にあけた穴(切開孔)に挿入する「管」のことです。

どんな時に気管切開が必要となるか

お子さんの場合、生まれつき気管が狭い、のどや舌の運動麻痺がある、など呼吸や嚥下に問題がある時に気管切開が必要になることがあります。
気管切開は、口からチューブを入れる気管内挿管が長期にわたり見込まれる場合や、人工呼吸器管理が必要な場合の負担軽減を目的として行われます。

メリット、デメリット

メリットとしては、気管内挿管のように長いチューブを顔の周りに固定する必要がないので、ご家族が抱っこをしたり、体を自由に動かすことができ、口から食事ができるお子さんもいます。

デメリットとしては、誤嚥が増えることがある、切開孔からの感染や肉芽の形成、出血などが考えられます。

気管切開・気管カニューレの日常的ケアや注意点

家庭での日常的なケアとしては、主に気管内吸引(痰の吸引)、Y字ガーゼの交換、切開孔付近の皮膚清浄、定期的な気管カニューレの交換などがあります。

注意点としては、気管カニューレが閉塞したり、体動やお子さんが引っ張ってしまうことで気管カニューレが事故抜去となることがあります。すぐに再挿入ができて、呼吸が安定すれば大丈夫ですが、気づくのが遅れたり、気道(のどから肺に至る道)が確保できず呼吸状態が悪化した時は命にかかわるので、迷わず救急車を要請します。

このように、気管カニューレにはメリットもありますが、呼吸に関わるものですので、事故が起こると大変危険です。

自宅に退院して医師や看護師が近くにいない環境に移る時は、気管カニューレ挿入の手技、抜去時の対応など実際にレクチャーを受けて、ご家族が対応できるにようになるまで、病院が指導をするのは当然だと考えます。

では、冒頭の気管カニューレ閉塞の裁判例ではどうだったのか、裁判所の判断がなぜ変わったのか解説します。

Q.地方裁判所と高等裁判所の判断が違ったのはなぜ?

まずは事件の概要から詳しくみていきます。

入院中に事故抜去が3度もあった

女の子は成長に伴い呼吸状態は安定していましたが、寝返りなどの体動が激しくなっていたこともあり、入院中に3度も気管カニューレが事故抜去となり、その度にチアノーゼ(酸素が足りなくなって、皮膚が青くなること)を発症し危険な状態になりました。しかし、看護師の迅速な救命措置によって一命を取り留めました。

そこで、病院は事故予防対策として日中は人工呼吸器を使用せず、気管カニューレに装着する人工鼻で過ごすこと、夜は念のため人工呼吸器を使用するが、人工呼吸器と気管カニューレを固定する固定バンドの使用を禁止することにしました。これは、気管カニューレが人工呼吸器回路に引っ張られて事故抜去とならないように、接続部分がすぐに外れるようにしておくためでした。
その結果、気管カニューレは事故抜去となることはなくなりましたが、入院中の事故抜去の事実や、事故予防のための固定バンドの使用禁止についてご両親に伝えられることはありませんでした

退院前の両親への指導

病院の医師からは、お母さんにだけ呼吸が停止した時の一次救命処置の指導が行われました。しかし、人工呼吸器使用時の気道確保(気管カニューレの抜去・交換等)については何の説明もされませんでした。

事故当時の状況

前日の夜に、お母さんは気管カニューレと人工呼吸器との接続部分を、退院後に訪問看護業者が使用を勧めた「固定バンド」で固定し女の子を寝かしつけました。
事故当日の朝、人工呼吸器を固定バンドで気管カニューレに固定したままの状態で、お母さんがおむつ交換をしている時に女の子が寝返りをして、気管カニューレが人工呼吸器に強く引っ張られて事故抜去となりました。気管カニューレは完全に抜けずに先端が閉塞していたと考えられ、外見上は抜けているようには見えませんでした。

そのため、お母さんは女の子がチアノーゼを発症した原因がわからず、気管カニューレが抜けていない場合の救急処置の指導も受けていませんでした。この時、気管カニューレを抜去し、気道確保した上で人工呼吸・心臓マッサージを実施していれば救命できた可能性は高かったと考えられますが、お母さんは病院から指導されていたとおりに気管カニューレを抜去することなく人工呼吸と心臓マッサージを実施しました。

救急車が到着し、救急隊に救命処置は引き継がれましたが、この時も気管カニューレを抜去することなく、女の子の心拍は止まったままでした。病院に搬送された後も、医師は気管カニューレを抜去しないまま人工呼吸と心臓マッサージを実施し、女の子の心拍は再開しませんでした。

それから15分後、医師が気管カニューレを抜去し、気管切開孔からチューブを挿入して人工呼吸を実施したところ、そのわずか1分後に女の子の心拍は再開しました。
しかし、約1時間もの間、脳に酸素がいかない状態が続いたため、すでに低酸素性虚血性脳症を発症しており、女の子の意識は戻りませんでした。

これらの事実から病院の責任を裁判所はどう考えたのでしょうか。

地方裁判所の判断

第一審では、病院(療養指導義務違反)だけでなく、救急搬送時の救急隊員(気道確保義務違反)、退院後に固定バンドの使用を勧めた訪問看護業者(固定バンド使用禁止義務違反)に対しても責任があると原告は主張していました。

しかし、裁判所は「固定バンドの使用が原因で事故が発生したとは認められない」、「カニューレで気道を確保しなければ自発呼吸ができない女児についてはカニューレを引き抜くべきとは認められない」などとして原告の訴えを棄却しました。

つまり、「固定バンドが原因とは言い切れない。だから固定バンドの使用禁止を伝えなかった病院も、固定バンドを勧めた訪問看護業者も悪くない。」

「普通なら自発呼吸ができないのに気管カニューレを抜くべきではないから、救急隊員も搬送時の医師の対応も問題はない。」という判断をしたということです。

そこで、原告は控訴を決め、被控訴人を一番責任の重い「病院」のみに絞り、争点も「気道確保に関する療養指導義務違反」に絞ることにしました。

事故が起こることは十分予測できた

なぜ第一審で、入院中に3回も起きていた事故の経緯が軽視されたのかは疑問です。ご両親は、医師の助言がなければ気管カニューレの交換もままならない状態だったといいます。医師が指導しておいてくれさえすれば、処置できたとご両親は悔しかったでしょう。

控訴審では、女の子が入院中、カニューレが抜けてしまう事故が3度もあったことから、病院は同様の事故が退院後も起こることが十分予測できた、と裁判所の判断が地裁の裁判官とは違うものになりました。

「赤ちゃんの入院中、『カニューレ』に関する事故が3回起きていて、医師は事故が今後も起こりうることを伝え、予防方法や、事故が起こった場合の対処方法について両親らを指導する義務があったのに怠った」として、病院の療養指導義務違反を認め、約7500万円(両親それぞれに対し3740万9300円)の支払いを命じる判決となりました。

控訴審では良識ある裁判体に恵まれた

相手方や争点を絞り、協力医の意見書も提出され、控訴審では原告の主張が正しく裁判官に伝わったのではないかと考えられます。
裁判は、一般人が見て、どう思い、どう考えるか、という社会通念に沿って判決が下されるべきものです。そういう意味でも、このケースを聞いた人は高裁の裁判官と同じ感覚になるのではないかと思います。

原告代理人の弁護士さんがコメントされています。「控訴審では良識ある裁判体に恵まれた」と。
第一審では、病院側に肩入れする心ない裁判官に当たってしまったのではないかと推察できます。

当方にも、一般人だけでなく医師の90%がおかしい、と言っていたのに、裁判官が過失なしという判断を下された経験があります。裁判官には、仕方がなかったという医師の言い訳ばかりを聞くのではなく、「一般人の公平感覚」をもっと敏感に感じ取ってほしいと、いつも、いつも思っています。

事故を起こしたタクシー運転手さんが、「目的地まで運んでやろう思ったのだから、ありがたく思え」と言ったらどう思いますか?
難しい道だったから交通事故にあっても仕方がない、と言うでしょうか?

大学病院の教授は、「難しい病気を治してやろうと思ったのだから、ありがたく思え」「手術中に少しぐらいミスしてもそれは病気が難しかったから仕方ない」と平気でおっしゃいます。

交通事故と同じようにミスがあれば、それを認めて補償すべきではないかと思うのは、私だけでしょうか?

「運転が下手でも仕方がない」というドライバーはきっと運転が上手くなることはないと思うのです。自ら下手だと思うからこそ努力するのではないかと思います。

どんな外科医にも1件目の初めてのオペがあるのです。ミスがないわけがない。早くドクターもそのことに気づいてほしいと思います。

医師・弁護士 富永 愛(大阪弁護士会所属)

この記事を書いた⼈(プロフィール)

富永愛法律事務所
医師・弁護士 富永 愛(大阪弁護士会所属)

弁護士事務所に勤務後、国立大学医学部を卒業。
外科医としての経験を活かし、医事紛争で弱い立場にある患者様やご遺族のために、医療専門の法律事務所を設立。
医療と法律の架け橋になれればと思っています。
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