近畿地方の地方裁判所で、当事務所が担当している医療裁判の証人尋問(医師・遺族)が行われました。
5年前、頭痛を訴えて救急搬送された70代の女性が、慢性硬膜下血腫を2回も見落とされ亡くなりました。2回目は、救急搬送され頭痛がひどくて受診していましたが、「患者の訴える頭痛が二次性頭痛(何かの病気が原因で起こる頭痛)である可能性を考え、CT検査を実施すべきであったか」否かが争われていました。
この日、法廷で証言したのは、2回目に救急外来で患者を診察した医師と、亡くなった患者のご遺族(息子さん)でした。
法廷の様子
初めて足を踏み入れた法廷の扉は、ぐっと力を入れなければ開かないほど重く、扉の中と外が全く違う空間のように感じられました。
正面の法壇には、黒い法服を着た3人の裁判官が座り、一つ下の壇に書記官が座っていました。3人の中で最も若手である左陪席(ひだりばいせき)とよばれる裁判官の前には、今まで提出された書証などがまとめられた厚いファイルがたくさん置いてあり、尋問中は弁護士が示したところを開いて隣の裁判官に見せる役割もされていました。
証言台に設置されたマイクは発言内容を録音しているため、弁護士は証人の横から質問をしますが、「証人は前を向いて発言するように」と裁判官からはじめに注意がありました。
医師の尋問
主尋問
法廷の中央にある証言台の前に、一人目の証人である医師が立ち、「良心に従って真実を述べ、何事も隠さず、偽りを述べない」旨を誓い宣誓をした後、相手方つまり病院(被告)の代理人弁護士による主尋問が始まりました。
初老で、緩んだ目元の相手方弁護士は、手元のカルテと思われる資料を見ながら医療用語の説明を求めたり、いくつか質問をしていましたが、初見の資料を見ながら話しているのかと思うほど、その場で質問を考えていて、決してスムーズな尋問とは言えませんでした。
「なぜCTを撮らなかったのか?」という問いに対して医師は、「一次性頭痛にCTは必要ないと判断した」と答えていましたが、医療の知識がない一般の人が聞いても、「救急車で運ばれて、それも来たのは2回目で、ひどい頭痛が悪化して、歩くこともできない状態なのにCT検査って必要ないの?」と疑問に思う回答でした。
一次性頭痛と二次性頭痛
一次性頭痛とは、片頭痛や緊張性頭痛などのことで、他の病気が原因となって起こる頭痛ではないものをいい、くも膜下出血や脳梗塞など原因となる病気があって起こる頭痛を、二次性頭痛といいます。二次性頭痛には、命に危険を及ぼすものがありCT検査が必要といわれています。
反対尋問
続いて、富永弁護士による反対尋問が始まりました。
法廷内が、ピリッとした空気に変わったのを肌で感じました。
診察当時、医師は患者を起き上がらせるなどして、自分で立ったり歩いたりすることができるかを確認することなく、ストレッチャー上のみで診察を行い、肩こりからくる頭痛だと言って帰宅を指示していました。その2日後に、自宅で意識のない状態で発見され、病院に運ばれた患者は、治療の甲斐なく、意識が戻らないまま数日後にお亡くなりになりました。
救急隊員から全身に脱力感があり動けない旨が申し送りされていて、頭痛診療のガイドラインにも一次性頭痛と二次性頭痛の鑑別のために画像検査の必要性が明記されており、一度目に受診した際のカルテにも危険な頭痛であるとレッドフラグが立っていたのに、なぜ二次性頭痛の可能性はないと思ったのか、富永の核心を突く質問の数々に、医師も言葉に詰まる場面が何度もありました。
富永に、今ならCTを撮るかと聞かれ、答えに窮する医師をみて、相手方弁護士は「異議あり!」と異議を申立てましたが、裁判官に却下され質問は続けられました。医師は終始小声でうつむきがちで、裁判官にもう少し大きな声で発言するよう促される場面が度々ありました。
診療時に起き上がってもらったり、CT検査の必要はないと考えた理由について「患者さんはとてもしっかりされていて、病気があるようには全然見えなかった」と医師は話していましたが、個人の感覚で判断して良いものなのか?と思いました。
傍聴席から法廷の様子を見ていると、病院側と患者側の弁護士には様々な違いがあることに気づきました。
例えば、病院側弁護士の席には薄いファイルと尋問のためのメモ数枚だけが置かれ、そのファイルが開かれることはほとんどなかったのに対し、患者側弁護士(富永・森藤)の前には付箋がたくさん貼られた分厚い書証のファイルが何冊も並べられ、尋問中もその中からいくつも証拠を示しながら質問をしていて、尋問に対する準備と熱量の違いは明らかでした。
遺族の尋問
ご遺族(亡くなった患者さまの息子さん)の尋問は、森藤弁護士による主尋問から始まりました。森藤は事実経過の確認や、生前のお母様のご様子などについてスムーズに質問していました。最後に、裁判官に伝えたいことはありますか?という質問に対して、お父様からの連絡を受けて急いで病院に到着してから、お母様の意識は亡くなるまで戻ることはなく、「倒れるまでに2回も病院に行ったのになぜ病気を見つけてもらえなかったのか、納得のいく説明はもらえなかった」と話され、涙ぐまれていました。
相手方弁護士による反対尋問は、質問がわかりにくかったため、趣旨がなかなか本人に伝わらないことに腹を立てたのか、相手方弁護士は苛立った様子で同じ質問を繰り返したり、息子さんの回答に対して「あなたがそう思うのは自由ですけど…」と独り言のようにつぶやくなど、裁判官から「それは質問ですか?」と制される場面もありました。
時折、ニヤニヤと笑いながら質問をすることもあり、傍聴人から見ても、ご遺族のお気持ちを考えれば許しがたい態度だと感じました。
それぞれの裁判に臨む姿勢が表れていた
弁護士、裁判官、医師や遺族、それぞれがどのような姿勢・気持ちで裁判に臨んでいるのか、尋問を傍聴して感じることができました。
富永弁護士と森藤弁護士は、裁判官へご遺族の思いを伝えるために、尋問期日の何週間も前から準備をしていました。
尋問の日を迎えるまで、ご遺族からしっかり話を聞き、情報が共有されていたことで、ご遺族、特に証人でもあった息子さんは安心して尋問に臨んでおられたのではないかと思います。
尋問は、とても緊張されたのではと思いましたが、証言台に立たれた時には終始落ち着いて質問に答えておられました。
証人の医師は、自分の尋問が終わってすぐに帰っていました。何年もかけて裁判を戦ってこられたご遺族の言葉を聞こうとは思わないのか、命を預かる医師としての責任感が足りないような気がしました。
今回はじめて尋問を傍聴し、事務員として微力ながら関わらせていただいている事件がどのように裁判所で審理されているのかを、一部分ですが見ることができました。
貴重な勉強の機会を与えていただき、お亡くなりになった患者さまのご冥福をお祈りするとともに、ご遺族の方々に深く感謝いたします。