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大腸穿孔が見落とされ敗血症性ショックの状態となり死亡したケースについて約3000万円の和解が成立した事案

医療過誤の事案概要

患者は、腹痛を主訴に病院に救急搬送され、腹部CT検査を施行されました。CT画像では腸管から外に漏れだした大腸ガスや便が認められ、大腸穿孔(大腸に穴が開いている状態)がありました。しかし,担当医はその所見を見逃し、大腸穿孔に対して必要な治療、すなわち緊急手術を行いませんでした。その後、患者は入院しましたが、その10時間後になって初めて、放射線科医師が大腸穿孔の所見を見つけ、直ちに緊急手術を行うことになりました。開腹手術では、大腸に穴が開き、そこから便汁が漏れ出していたので、穿孔している部分の大腸を切除し、腹腔内を洗浄しました。しかし、手術を始めた時点で患者はすでに敗血症性ショックの状態に陥っており、治療のかいなく手術の3日後に大腸穿孔に伴う敗血症性ショックにより亡くなりました。

法律相談までの経緯

患者遺族は、入院当初は大腸に穴が開いているなど聞いていなかったのに、入院後10時間経過してから大腸に穴が開いていて手術が必要と言われたことや、翌日の手術開始も遅かったことなどに疑問に感じていました。もしかしたら病院での治療に落ち度があり、正しい治療を受けていれば患者は命を失わなかったのではないかという思いが捨てきれず、弁護士に相談しようと決めた、ということでした。

相談後の対応・検討内容

患者遺族からの相談を受け、当事務所において病院の診療録を精査し、関連する大腸穿孔に対する手術成績についての医学文献を検討したところ、腹部CT検査を行った時点で大腸穿孔に気づき、直ちに手術を行っていれば、患者の命が助かる可能性が高かったはずだという結論に至りました。

大腸穿孔(腸穿孔)に対する手術成績

大腸穿孔とは、大腸に何らかの原因で穴が開き、そこから便などが漏れ出ることにより細菌性腹膜炎を生じ、治療が遅れ重症化すると敗血症性ショックを合併して死に至ることもある重篤な疾患です。大腸に穴が開く原因としては、大腸憩室や大腸癌が多いですが、原因がわからないことも多く、頻度は少ないですが大腸内視鏡のような医療行為により生じることもあります。このような大腸穿孔の治療としては、できる限り早期に診断し、手術を含めた集学的治療を行う必要があります。

大腸穿孔の手術成績についてはいくつかの報告がありますが、手術前に敗血症性ショックの状態であったかという点と、手術前のAPACHE Ⅱ scoreが何点であったという点が、生死を分ける目安と言われています。APACHE Ⅱ scoreとは、病態の重症度を客観的に評価するために作られたもので、生理学的パラメータ(体温、平均血圧、心拍数、呼吸数、血清ナトリウム、血清カリウム、血清クレアチニン、白血球数、意識レベルなど)、年齢(年齢が高くなるほど加算)、合併する慢性疾患(心臓、肺、腎臓、肝臓など)に対してそれぞれ点数をつけ、その合計点が高いほど重症度は高いと判定されます。

APACHE Ⅱ scoreについては、大腸穿孔35例を対象とした検討において、APACHE Ⅱ scoreが20点以上の症例は死亡率83%、20点未満の症例の死亡率10%という報告があります(陳 尚顯,藤田竜一,河 喜鉄,ほか:大腸穿孔例の術前の予後判定因子と術後合併症の検討.日消外会誌 2010;43:1007-1013)。ほかにも大腸穿孔182例(そのうち大腸癌が55例)を対象とした検討では,APACHE Ⅱ scoreが18点以上の大腸癌症例における死亡率が75.0%であるのに対し,18点未満の症例の死亡率は14.9%にとどまると報告されています(丹羽 浩一郎, 佐藤 浩一, 杉本 起一,ほか:成因からみた大腸穿孔の治療成績に基づいた予後予測因子の検討.日腹部救急医会誌 2013; 33: 1005-1011)。

敗血症性ショックについては、大腸穿孔96例を対象とした検討において、術前に敗血症性ショックがある場合の死亡率は50%,術前に敗血症性ショックがない場合は死亡率7.41%と報告されています(宇高徹総,松本尚也,山本澄治,ほか:大腸穿孔症例における術前予後因子の検討.日腹部救急医会誌2016;36:1007-1012)。

本件では、患者の救急搬送時のAPACHE Ⅱ scoreは13点であったのに対し、手術の時点では22点まで上昇していました。また、救急搬送後CTを撮った時には、まだ患者は敗血症性ショック状態ではありませんでしたが、手術前には敗血症性ショックの状態に陥っていました。このように手術の遅れによりAPACHE Ⅱ scoreの増加、敗血症性ショックになってしまい、死亡率は大幅に上昇したことになります。

弁護士の対応

腹部CT検査における大腸穿孔の所見を見落としについて、病院に対して責任を認めて、賠償をするよう求めました。CT検査の結果を見落としたことは現場の医師も認めておられましたが、早く手術しても死亡した可能性があるという反論もありました。しかし、話し合いの結果、ご遺族がある程度納得できる条件で和解が成立しました。

弁護士のコメント

大腸穿孔の診断は腹部CT検査を行い、腸管外に漏れだした腸管ガスを確認できれば比較的容易と言われています。この点については、今回のケースでも腹部CTが行われ、腸管外に漏れだした腸管ガスや便を確認できました。この点について病院も見落としがあった事実は認めていましたが、早く見つかったとしても救命は困難だったというような説明を遺族には行っていました。大腸穿孔と診断ができたとして、手術を行えば命が助かったと主張するための医学底な根拠を示す必要があると考えました。確かに、病院の説明のように大腸穿孔という疾患自体が命を失う危険性のある重篤な疾患であり、見落としがなくすぐに手術を行っていたしても患者の命は助からなかったのではないかという考えもあります。

しかし、大腸穿孔の手術成績の文献を詳しく調べると手術成績が良い場合とそうでない場合の文献が多数あり、手術前の患者さんの全身状態やバイタルサインが手術成績とどのように関連しているかたくさんの文献で検討されています。特にAPACHE Ⅱ score(アパッチスコア)というスコアは有名で、敗血症性ショックの有無が、死亡率において明確な差異を生じさせることは明らかです。病院に対して賠償を求める文書を作成する際にも、大腸穿孔の手術成績についての文献をいくつも具体的に提示して交渉を始めました。病院側の医師達がこれらの文献をどのように受け止めたかはわかりませんが、少なくとも同じ医療者として、患者の術前のバイタルサインなどが死亡率に大きな差異を生じさせるという文献があることは無視できないはずだと考えました。

医療紛争においては、実際に医療現場において医師がどのような症状に対してどのような検査を行い、どのように診断に至るかという観点が非常に重要です。しかし、このような観点は、教科書から得られた知識をだけでなく、実際に医療現場で働き経験を積んでいく中で培っていくものです。この点、実際にバイタルサインが安定した患者さんは救命できますし、ショックになった患者さんは亡くなるケースがあると感じていたので、外科医としての経験を交渉において活かせたケースだと感じました。

医療現場では診療に当たった医師が、それまでに経験したことがない疾患・病態に遭遇することもありますが、そのようなときは同じような疾患・病態について研究された文献や教科書を参考にして患者さんのために何がベストかを調べながら治療に当たることがあります。医学文献は研究者だけが参照するものではありません。実際の患者に対して治療を行っている臨床現場の医師も参考にしています。このように医学文献は臨床現場でも重要な価値を有しており、前述した大腸穿孔の手術成績についての複数の論文の存在が、病院との話し合いでも活用でき、影響を及ぼしたと考えています。

ご遺族にとっても比較的早期にある程度満足のいく解決が実現でき、患者さんの無念を少しでもはらせた、と感謝の言葉をいただくことができました。亡くなった患者さんの命は帰ってきません。しかし、残されたご遺族が行動を起こしてよかった、と思ってもらえて本当に良かったと思います。

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医師・弁護士 富永 愛(大阪弁護士会所属)

この記事を書いた⼈(プロフィール)

富永愛法律事務所
医師・弁護士 富永 愛(大阪弁護士会所属)

弁護士事務所に勤務後、国立大学医学部を卒業。
外科医としての経験を活かし、医事紛争で弱い立場にある患者様やご遺族のために、医療専門の法律事務所を設立。
医療と法律の架け橋になれればと思っています。
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