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鑑定人は公平・公正な第三者だと思いますか?

2023年08月22日 | コラム

医療ミスの裁判では、専門性が高いため裁判官には判断できない事柄について、鑑定人が選ばれて、鑑定人の書いた「鑑定書」をもとに、裁判官が判決を書くことがあります。私自身は、これまでの経験から、鑑定人が公平・公正である正しい人である確率は、残念ながら極めて低い、と感じざるを得ません。

なぜなのか、皆さんにわかっていただくために、実際の例を紹介したいと思います。

『頭部外傷にはまずCTを』という啓蒙活動をしている先生なのに…

ある認知症がある、歩ける患者さんが、夜中にベッドから落ちで頭を打ちました。院内発症の頭部外傷です。患者さんは、血液をサラサラにするお薬も飲んでいたため、頭蓋内出血のハイリスクと言われるケースに該当しました。そのような患者さんが頭を打って転倒した場合には、「CTを取りましょう」ということが、学会の作成するガイドラインでも書いてありました。でも、病院はCTを取らずに様子を見ていたけれど過失はない、と主張されたことから裁判になりました。原告はCTを取るべきという脳外科の先生の意見書を提出しましたが、被告は、CTを取るべきとはいえないという意見を書いた大学供述の意見書を出してこられたため、裁判所が判断できず、鑑定手続きになりました。鑑定人には、ガイドラインを作っている学会の理事長が選ばれて鑑定書を書いたのですが、何と書いてあったと思いますか?
理事長の学会が作るガイドラインでは、ハイリスク患者にはCTを取るべき、と書いてあるにも関わらず、「CTを取らずに経過観察をしたこと自体は選択肢の一つであり、間違いとはいえないと思います」と書かれていたのです。実際の鑑定書の一部を抜粋します。

(中略)

この鑑定人は、学会の理事長であるだけではなく、頭部外傷にはまずCTを、という啓蒙活動をしている先生でもあります・・・なんだかおかしい、と思うのは私だけでしょうか?この学会理事長の鑑定書が出た途端、裁判官は、CTを取らなかったことは「過失」とまではいえない・・・と言い出しました。

なんとも歯切れの悪い書き方をする鑑定人

医療裁判で、鑑定人を信用できないケースとしてもう一つ紹介したいと思います。
原告(患者)側である私は、どうしても裁判所が鑑定手続きをしたいというので、複数の医師による鑑定なら、という条件付きで、鑑定手続きになりました。1人の医師は、救急科の大学教授、もうひとりの医師は循環器内科の大学の助教授でした。
エルゴメーター(自転車を漕ぐ運動をしながら心電図検査をする運動負荷心電図検査)を行っている診療所にAEDを設置しておくべきかどうかが問題になったケースで、救急の教授は、心臓が止まるかもしれないような危険な検査をして、ガイドラインにもAEDを置くべきだと書いているのだから、置くべき、と書いていました。以下のとおりです。

(救急医師である鑑定人の鑑定書から抜粋)

一方、日頃、心臓疾患の患者さんをたくさん見ているはずの循環器内科の鑑定人は、AEDを置いていなくても不適切ではない・・・と歯切れの悪い表現で否定しています。以下のような書き方です。

         (循環器内科医師である鑑定人の鑑定書から抜粋)

この歯切れの悪い書き方を、どうお感じになりますか?

裁判は形式的に進むので、こんな鑑定書でも証明ができていないと判断されてしまう

このような二人の鑑定人の意見が出たことで、通常の感覚からすれば50:50だから五分五分のはずですが、裁判では、原告(患者側)が立証責任(80%から90%の確率で、正しいと証明しなければならない)を負っているため、80%の証明ができていない、と判断されてしまいました。裁判所は、立証不十分だから、といって原告敗訴の判決を書くのです。判決の一部を示します。  

(地方裁判所判決の抜粋)

この遠回しな表現を、どうお感じになりますか?

医師としての違和感をぬぐい切れない

私自身がこんなコラムを書くこと自体、敗者の言い訳、負け犬の遠吠え、かもしれません。実際、このような記載の敗訴判決を受けました。
しかし、その記載内容は、どう考えても、私自身の「医師としての感覚」とは程遠い判決でした。
それでも、判決の前に裁判官からこのままでは敗訴ですよと言われたときには、納得がいかないなかでも依頼者のために何がベストなのかを考え、敗訴するなら和解での早期解決の道も探り、依頼者には和解するほうが良いと考えて、説得もしましたし、自らの医師としての考えよりも代理人として依頼者の利益を考えて悔しさを飲み込みました。それなのに、医療機関側から「和解に応じられない。」と言われたのです。医療機関側の理事長は、元気に検診を受けに来た患者さんが不整脈を起こしてしまって、その後、寝たきりになってしまったこのケースについて、自分たちは何も悪いことをしていないのだから数百万円以上払うつもりはない、ということのようでした。そのため、判決となってしまい、やむなく高等裁判所に進むことになりました。
私自身は、鑑定人の鑑定がおかしいことに加えて、この判決には他のドクターたちもきっと違和感を持つはずだと確信がありました。この医療機関は、エルゴメータや造影CT検査を行っていたからです。エルゴメーターは心臓にわざと負荷をかけて不整脈を起こすような危険な検査です。それに加えて造影CTも行っているのに、準備をせず、除細動器どころかAEDすら置いていないなんて・・・。私の感覚が正しいかどうか、知っているドクター達なら何と言われるだろうか?と考えて、年齢や経験を問わず、できる限りたくさんのドクターに感想を聞いてまわりました。さらに、鑑定人への質問と同じ内容をアンケート形式にしてドクターたちに協力してもらいました。こんな診療所にAEDはいらなかったのでしょうか?と質問したところ、予想を遥かに超えるたくさんの善意のドクターが、アンケートに協力してくれました。そして、実に90%以上のドクターが「せめてAED設置しておくべきでしょ!」と回答してくれました。

なお、余談ですが、この裁判では、数百万以上払わないと言った病院経営者の理事長先生ご自身が、弁護士と一緒に、毎回、裁判に参加しておられました。いつも「こんにちわ」と声をかけましたが、理事長先生からは、5年以上の間、一度も挨拶をされることはありませんでした。裁判所に、私(原告側代理人)が医師の知識を利用して裁判所を騙している、というような非難の文書まで提出してこられました。

この文章を、どうお感じになるかは、読者の皆さんにおまかせします。

(中略)

(被告病院の理事長の陳述書からの抜粋)

 「医者のくせに患者のことを考えなかったのは、あなたの方ではないのですか?」と聞いてみたかったですし、和解に応じても理事長の懐は何も傷まないのに、なぜ数百万円以上は支払わない、和解しない、とおっしゃったのか、事故の際の保険にも入っているのに、なぜ寝たきりになった患者さんに保険を使って補償をすることすらなさらないのか、是非、聞いてみたかったところですが、一言も会話してくださらないので、どうしようもありませんでした。
今も、何千人もの患者さんが、このような倫理観をお持ちの理事長が経営しているとは知らずに、その病院に通っておられます。(弁護士として、相手方医療機関の名前を「ことさらに公表すること」は差し控えなければいけない立場にありますが、裁判は公開だといわれているのに、本当に不合理です。)
ただし、今回の事故で、AEDの必要性はお感じになったのか、事故が起こった後に、問題の医療機関にもAEDが設置されていたようで、当時現場におられたドクターも事故後に開業され、ご自身のクリニックには(循環器内科ではありませんが)AEDを設置しておられ、本当に良かったと思います。

不合理な鑑定が無くなるように

医療裁判の不合理さを少しでも感じていただけたらと思い、鑑定手続きの現実を伝えました。不合理な鑑定は、まだまだありますが、また別の機会に。なお、ある裁判が終わってから鑑定書を書いたドクターに、シンポジウムのような機会でお会いし、「なぜ、あんなことを書かれたのですか?」とストレートに聞いてみたことがあります。バツが悪かったのか、「私にも色々立場がありまして・・・」と逃げるようにその場を去って行かれました。
今後、少なくとも鑑定人の作成した鑑定書は、鑑定手続きを真に公平・公正な制度にするためにも、すべて公開されるべきだと思います。医療訴訟や医療ミス裁判の将来のためにも、いずれ鑑定書がネットでだれでも自由に検索でき、患者さん達が知ることができる日が来るよう、祈る思いです。

医師・弁護士 富永 愛(大阪弁護士会所属)

この記事を書いた⼈(プロフィール)

富永愛法律事務所
医師・弁護士 富永 愛(大阪弁護士会所属)

弁護士事務所に勤務後、国立大学医学部を卒業。
外科医としての経験を活かし、医事紛争で弱い立場にある患者様やご遺族のために、医療専門の法律事務所を設立。
医療と法律の架け橋になれればと思っています。
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