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自宅での薬服用、医師の注意義務違反はあるの?!

2023年06月16日 | コラム

医師から処方された薬を服用し、重篤な副作用が出たら・・・
患者は医師にその責任を問えるのでしょうか。

今回は大腸検査の準備のため自宅で下剤の服用をするときに、医師から副作用や服用する際の注意事項を説明されないまま服用し、重大な副作用による後遺症が残った事例を元に、医師の注意義務についてご紹介します。

事例の概要

パーキンソン病の持病がある患者が肛門通を訴え救急外来を受診しました。その際、レントゲン検査により著明な便塊が認められ、摘便により摘出されました。
その6日後に、病院の指示で再度受診し、診察の結果、大腸疾患の有無を調べるために、注腸造影検査を実施することになりました。
担当医は検査の前処置薬として、患者に下剤であるマグコロールP等を処方しました。
その際、医師から薬の副作用や服用上の注意事項などの説明はなく、看護師から検査予約票について説明を受けただけでした。
患者は、その後も排便がない状態でしたが、検査前日に自宅でマグコロールPを服用し、翌朝、嘔吐し意識障害に陥りました。
患者は、血液検査の結果、「高マグネシウム血症」、腹部CT検査で「大腸イレウス※1」と診断されました。※1イレウスとは腸閉塞を意味します。
大腸イレウスが悪化したため、緊急でS状結腸人工肛門造設術を受けるため待機しているときに、大腸イレウスが原因で大量嘔吐をして誤嚥性肺炎を発症しました。
そのため人工呼吸器管理となり、長期間寝たきりになってしまい、廃用症候群※2を発症することとなしました。
さらに、事故前は日常生活を問題なく過ごせていたのに、10日間におよぶ臥床によりリハビリでも改善できない歩行困難となってしまいました。
※2廃用症候群とは、長期間の安静状態や運動量が減少したことにより起こる心身の機能低下です。

マグコロールPとはいったいどんな薬なのか

クエン酸マグネシウムを主成分とする、大腸検査・腹部外科手術の前処置用下剤です。
腸管内容物の排除、つまり便を流し出すための目的で使用されます。

重大な副作用

腸管穿孔、腸閉塞(イレウス)、虚血性大腸炎、高マグネシウム血症が挙げられます。
腸管穿孔、腸閉塞及び虚血性大腸炎は腸管内容物の増大、蠕動運動の亢進による腸管内圧の上昇により発症します。高マグネシウム血症は、腸閉塞により薬が腸管内に貯留しマグネシウムの吸収が亢進することにより、血液中にマグネシウムが多すぎる状態になることです。この薬を投与する際は排便状況の確認等、留意する必要あるといわれています。

自宅で服用させる場合には

特に、自宅で服用させる場合の注意事項として添付文書には、「患者の日常の排便の状況を確認させるとともに、前日あるいは服用前に通常程度の排便があったことを確認させ、排便がない場合は相談するよう指導すること」と記載されています。

担当医にはどんな注意義務があった?

裁判では「マグコロールPを処方する際、前日あるいは服用前に通常程度の排便がない場合には服用前に相談するよう説明すべき注意義務違反」があったとして争われました。
患者はパーキンソン病により便秘傾向にあり、初診時のレントゲン検査で著明な便塊があったこともわかっていました。
そのような注意すべき状況であったにもかかわらず、服用前の排便状況の確認、排便がない場合の相談を指導せず、副作用についての説明も一切ありませんでした。
その結果として重篤な副作用を引き起こしたのです。

判断のカギとなる「能書(添付文書)判決」(最高裁判所平成8年1月23日判決)

薬を処方する場合に、医師にどんな義務があるのかを示した最高裁判所の判決があります。これは、医師の注意義務の基準として医療水準を基本としつつ、その判断要素として能書(添付文書)の記載を重視した判決で、今でも薬が関わる裁判では必ず裁判官が考慮する有名は判例です。(判例の詳細はこちらから)

判決の主旨

「医薬品の添付文書(能書)の記載事項は、当該医薬品の危険性(副作用等)につき最も高度な情報を有している製造業者又は輸入販売業者が、投与を受ける患者の安全を確保するために、これを使用する医師等に対して必要な情報を提供する目的で記載するものであるから、医師が医薬品を使用するに当たって右文章に記載された使用上の注意事項に従わず、それによって医療事故が発生した場合には、これに従わなかったことにつき『特段の合理的理由』がない限り、当該医師の過失が推定されるものというべきである。」と判断しています。
すなわち、特段の合理的理由もなく添付文書に従った処方をせず、その結果発生した事故は医師に責任があるだろうと推定されることになります。「処方を適切に行った」とか「特段の理由があった」などという主張は、医師側が証拠を示して証明しなければならないということになります。

裁判所の判決は?!

このケースでも、マグコロールPを処方するにあたって添付文書に従った説明、指導をしなかった担当医の注意義務違反が認められました。イレウスの発症、人工肛門の造設に至ったこと、誤嚥性肺炎により長期臥床を余儀なくされ、廃用症候群、歩行困難となったことについても過失があるとして、2000万円以上の支払いを命じる判決となりました。
名古屋地裁で令和4年に下された判決ですが、患者側も病院側も控訴したことで令和5年現在も控訴審で協議が続いています。

コメント

薬の処方について、医師には重い責任があります。平成8年の最高裁判所の判決「能書(添付文書)判決」は、当時の医師にとっては衝撃的な内容だったと思われます。
一方で、患者さんにとっては、薬を出してもらえば医師は当然適切に処方していると信頼しますし、必要な説明をしてもらえると期待するでしょう。その一般人の感覚と医師の責務を明らかにしたこの判決は、25年以上経った今も医療訴訟で最も重要な判決のひとつになっています。
ただ、注意が必要なのは薬には一定の副作用が起こるということです。そのため、副作用の全ての責任を医師に負わせるというものではありません。

添付文書どおりに処方していたのに副作用が起こってしまった場合、患者さんはどうすれば良いのか?
その点は、医師の処方が適切で(過失がなくても)患者さんを救済する「PMDA」による患者救済制度があります。
誰でも気軽に相談できる窓口があります。また、最近では薬剤師さんが薬の副作用の救済制度を教えてくれる親切な病院もあります。
悩んだときは相談してみましょう。

PMDA(独立行政法人 医薬品医療機器総合機構)

医師・弁護士 富永 愛(大阪弁護士会所属)

この記事を書いた⼈(プロフィール)

富永愛法律事務所
医師・弁護士 富永 愛(大阪弁護士会所属)

弁護士事務所に勤務後、国立大学医学部を卒業。
外科医としての経験を活かし、医事紛争で弱い立場にある患者様やご遺族のために、医療専門の法律事務所を設立。
医療と法律の架け橋になれればと思っています。
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