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大腿骨骨折の手術後に肺血栓塞栓症を疑わせる症状があったが必要な検査が遅れ死亡したことについて示談(7000万円以上)によって解決に至ったケース

医療過誤・医療ミス・問題解決事例

経緯

この患者様は、40代の男性でした。近畿地方の総合病院において大腿骨骨折治療のために入院し、手術を受けた後、肺血栓塞栓症を発症して亡くなりました。手術は無事終了し術後1、2日でリハビリを開始したところ、その頃から胸の痛みや冷や汗などの症状が発生しました。症状に加えて術後2日後の血液検査でも深部静脈血栓症の際に上昇する検査数値が、基準値の約10倍の値を示し、その翌日にはさらに症状が悪化して動悸、失神、冷や汗などの典型的症状が現れていました。深部静脈血栓症とは、脚や下腹部にある深部静脈と呼ばれる血管に血栓(血の塊)ができる病気のことで、血栓が足の静脈から剥がれて心臓や肺に到達すると、肺血栓塞栓症を発症し、呼吸困難やショック状態を引き起こし、死に至ることもあります。
患者様は、重篤な症状を引き起こす可能性がある肺血栓塞栓症につながる深部静脈血栓症の発症の可能性があるにも関わらず、症状があらわれ始めてから約8日後、胸の痛みで悶え、息ができないと訴える状態になるまで必要な検査を受けられず、結果、肺血栓塞栓症によって亡くなりました。

肺血栓塞栓症とは

肺血栓塞栓症とは、肺の血管に血栓が詰まって、呼吸困難や胸痛、ときには心停止をきたす危険な病気です。エコノミークラス症候群とも呼ばれ、長時間座るなど、同じ姿勢を取り続けた後や、手術後などに太ももやふくらはぎの筋肉の層にある静脈に血栓ができ(深部静脈血栓症)、その血栓が何らかの拍子に肺に到達して発症します。
肺血栓塞栓症は急に症状が現れ、急性期に診断ができなかった場合の死亡率は91%と非常に高いですが、症状出現後、早期に診断された場合の死亡率はわずか19%だったという報告もあり、早期発見・早期診断が重要な疾患です。このように肺血栓塞栓症の初期症状の深部静脈血栓症は、適切に治療を行えば、進行をコントロールすることができる病気であるために早期診断、治療がきわめて重要といわれています。

肺血栓塞栓症の症状・検査・治療方法

まず、足の静脈に血栓ができる深部静脈血栓の段階では、ふくらはぎや太ももに痛み、あかみ、腫れ、突っ張り、脚のだるさ、などの症状がみられます。その後肺血栓塞栓症に進行すると、呼吸困難、胸痛、失神などが現れます。
血栓症はCTや血液検査を行ったうえで、確定診断には超音波検査や血管造影検査を行います。肺血栓塞栓症を疑う場合は造影CT検査や肺換気血流シンチグラフィーが行われることもあります。まずは問診や視診、触診などでスクリーニング検査を行った後に、上記のような検査で詳しい検査を行っていきます。
血栓症の治療には薬物療法を第一選択として行うことが多いです。血栓を溶かす血栓溶解薬や、血液が固まらないようにする作用がある、抗凝固薬などが用いられます。重症の場合や薬の適応に合わなかった場合には、外科手術やカテーテル治療で血栓を取り除きますが、初期で発見できれば、薬で治療できる病気です。

交渉経緯

今回はご遺族から法律相談のご連絡があり、当事務所に来所いただいて法律相談を行いました。お話をうかがったところ、カルテを入手して医療ミスがあるかどうかを調査する必要があると判断しました。そこで、ご遺族からカルテの開示請求をしていただいてカルテを入手し精査したところ、手術後に肺血栓塞栓症を疑う症状が出現していたにも関わらず、行うべき検査が迅速に行われていなかったことがわかりました。そのため病院に対して、早期に検査を行い、治療を始めていれば死亡することはなかったとして賠償を求めたところ、話し合いに応じるとの回答があり、条件などの交渉を経て示談による解決に至りました。患者様は40代と若年であったため、今後亡くならなければ得られたであろう収入や、ご家族への精神的苦痛、そういった点を考慮し7000万円以上の示談となりました。

カルテの開示請求とは

厚生労働省が全国の医療機関に「カルテ開示に関する指針」(平成16年12月24日)を出したことで、カルテ開示は進みました。指針の一部を示します。

(1)診療記録の開示に関する原則

医療従事者等は、患者等が患者の診療記録の開示を求めた場合には、原則としてこれに応じなければならない。
診療記録の開示の際、患者等が補足的な説明を求めたときは、医療従事者等は、できる限り速やかにこれに応じなければならない。この場合にあっては、担当の医師等が説明を行うことが望ましい。

(2)診療記録の開示を求め得る者

診療記録の開示を求め得る者は、原則として患者本人とするが、次に掲げる場合には、患者本人以外の者が患者に代わって開示を求めることができるものとする。

(1)患者に法定代理人がいる場合には、法定代理人。ただし、満15歳以上の未成年者については、疾病の内容によっては患者本人のみの請求を認めることができる。
(2)診療契約に関する代理権が付与されている任意後見人
(3)患者本人から代理権を与えられた親族及びこれに準ずる者
(4)患者が成人で判断能力に疑義がある場合は、現実に患者の世話をしている親族及びこれに準ずる者

9 遺族に対する診療情報の提供

医療従事者等は、患者が死亡した際には遅滞なく、遺族に対して、死亡に至るまでの診療経過、死亡原因等についての診療情報を提供しなければならない。
遺族に対する診療情報の提供に当たっては、3、7の(1)、(3)及び(4)並びに8の定めを準用する。ただし、診療記録の開示を求め得る者の範囲は、患者の配偶者、子、父母及びこれに準ずる者(これらの者に法定代理人がいる場合の法定代理人を含む。)とする。
遺族に対する診療情報の提供に当たっては、患者本人の生前の意思、名誉等を十分に尊重することが必要である。

電子カルテ化が進んだこともあり、電子カルテを使っていることが明らかな病院では、改竄(かいざん)がしにくくなったこともあり、まずは「カルテ開示」の方法で情報を入手することも多くなりました。電子カルテでは、使っている人が加筆・修正をした日時も全て記録することが求められているため、電子カルテの出力条件として「すべての加筆・修正記録を含めた」開示をすれば、改竄をしているところも明らかにできるようになってきたのです。ただし、手書きカルテでは、いつ、誰が書き換えたのか、書き換え前の記録がないため今でも改竄のおそれはつきまといます。この点、法律相談に来られた患者さんやご遺族と十分相談して、カルテ開示手続きで足りるのか、裁判所を通じた証拠保全手続きが必要なのかを検討して進める必要があります。
その他に、医療機関が公的病院である場合には、個人情報保護法による情報開示の手続きもあります。医療機関は患者本人からカルテ開示を請求された場合には、原則としてカルテを開示しなければならないことが明記されています(個人情報保護法28条2項本文)。

富永弁護士のコメント

今回のケースは、肺血栓塞栓症という重篤な疾患が、40代の若い方に生じてしまった悲しい事故でした。肺血栓塞栓症は、肺の太い血管が急激に詰まってしまうと亡くなってしまう疾患であり若い人がなくなることもあるため、これまでもたくさんの医療事故が訴訟になって争われています。これまでの訴訟では肺血栓塞栓症が急激に生じたときには救命することは難しい、として患者様や遺族の思いが聞き入れられず敗訴しているものも少なくありませんでした。しかし、今回のケースは、血管が急激に詰まったのではなく、何日も前から息苦しい、動悸がするなどの症状の訴えがあって、その症状が次第に悪化していたという経過があり、早期発見して治療できたはずのケースでした。カルテの検討によって救命できた可能性が高いと評価できたのです。そのため、カルテをもとに詳細な経過を明らかにして医療機関側に責任を取るようにもとめたところ、医療機関側からは「色々医療機関側として言いたいことはあるものの責任を認める」との回答があり話し合いで解決できました。おそらく医療機関側としては、早期に見つけられたとしても救命できたかどうかはわからない(因果関係を争う)ということが言いたかったのだと考えられますが、訴訟で敗訴する可能性もあり、問題が長期化することを避けるために示談に応じてきたのでしょう。医療機関側は、患者さんや遺族には「仕方がなかった」「合併症だった」などの説明をすることが多いです。しかし、本当に仕方がなかったと片付けてよいのかどうかは、十分なカルテの検討を行わなければ明らかになりません。今回のケースも、病院側からは仕方がなかったと説明されていました。若くして亡くなった無念、残された家族のこれからの生活のためにも、早期解決に至れて本当に良かったと思います。

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医師・弁護士 富永 愛(大阪弁護士会所属)

この記事を書いた⼈(プロフィール)

富永愛法律事務所
医師・弁護士 富永 愛(大阪弁護士会所属)

弁護士事務所に勤務後、国立大学医学部を卒業。
外科医としての経験を活かし、医事紛争で弱い立場にある患者様やご遺族のために、医療専門の法律事務所を設立。
医療と法律の架け橋になれればと思っています。
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