医療過誤の事案概要
近畿地方の総合病院で腰椎椎間板ヘルニアに対して手術が行われたところ手術後に症状が悪化して下垂足による歩行困難(杖歩行)と異常なしびれを伴う感覚障害が生じたトラブルです。手術所見では、多量の出血と硬膜損傷が明らかであり、L5神経根を手術中に障害したために下垂足(足首から下が垂れ下がって持ち上げられない状態)の運動麻痺と大腿(ふともも)外側から足先まで異常なしびれの感覚障害が生じ、L5回復しない状態になりました。
法律相談までの経緯
手術によって症状が悪くなったと感じておられたご本人が、自ら病院に説明や補償を求めましたが、病院側は応じず訴訟提起をしてほしいというご希望で当事務所に来所されました。
相談後の対応・検討内容
手術の際に手術手技に問題があった可能性が高いと考え、病院側に全てのカルテを任意に提出するようカルテ開示を求めましたが、加筆修正記録について開示されず、重要な部分も欠けているものしか提出されなかったため、証拠保全手続きを行って全てのカルテを入手しました。入手したカルテを脊椎外科専門医と共に検討したところ、問題となった神経根を損傷した可能性が高く、手術中の誤った手技で神経損傷を起こしたことで下垂足や感覚障害が生じたことが判明しました。
証拠保全手続き
電子カルテが普及した現在、病院側の保有するカルテを患者が入手する方法として、カルテ開示手続き(任意のカルテ開示)が活用されています。このケースでも通常であれば任意のカルテ開示手続きで全てのカルテの入手を試みましたが、病院側が一部のカルテを開示せず、特に重要な部分のカルテを再三の求めにもかかわらず提出しなかったことから、裁判所を通じた証拠保全手続きを行なうこととなりました。
脊椎外科と後遺症の評価
脊椎手術で脊髄損傷や神経根損傷などが起きると、後遺症として、損傷を受けた脊髄・神経根の部位に一致した症状が出現します。整形外科では、そのことを利用して、どの部位にどのような麻痺やしびれがあるかを診察して、障害部位を特定することができます。
脊椎外科手術後に症状が悪化し、後遺症になった場合も、運動麻痺・感覚麻痺・自律神経麻痺(直腸膀胱障害など)の症状から、脊髄・神経根のどの部位が障害されたかが明らかになります。
例えば、運動麻痺について考える際には、脊髄神経と筋肉の関係が、概ね以下のようになっていることなどから検討すれば、傷害された神経の部位がある程度、判明することが知られています。Cは頚椎、Thは胸椎、Lは腰椎、Sは仙椎です。
頚椎C5であれば三角筋(肩の外転)や上腕二頭筋(肘の屈曲)
C6であれば腕橈骨筋(肘関節の屈曲)や手関節の背屈(反る動作)
C7であれば上腕三頭筋(肘関節の伸展)や手指の伸展、手関節の屈曲(曲げる動作)
C8であれば手の屈曲(曲げる動作)
胸椎T1であれば手や指の外転(広げる動作)
腰椎L2~4であれば股関節の屈曲(太ももを持ち上げる動作)
L3~4であれば膝関節の伸展(膝から下を伸ばす動作)
L5(>L4)であれば足関節の背屈(足首を上に反らせる動作)
L5であれば足の親指の背屈(反らせる動作)や股関節の外転(太ももを外に開く動作)
仙椎S1であれば足の親指の屈曲(足の親指を曲げる動作)や足関節の底屈(足首から下を曲げる動作)
このような対応がわかると、L5(第5腰椎)の神経根が傷害されたときの症状として、下垂足(足首から下がだらんと垂れ下がって上に上がらない症状)が出現することもわかります。運動障害以外にも、感覚障害も各脊髄・神経根の部位に応じて、異常感覚が出現する部位が異なります。今回のケースで問題になったL5神経根の障害によって起こる感覚障害では、大腿(太もも)の外側から下腿(ふくらはぎ)の外側に異常な感覚が出現します。
このように脊髄・脊椎のトラブルでは、悪化した運動麻痺と感覚障害、排尿排便ができるかなどの症状から考えると傷害された部位が推測できることになります。
MRI画像やCT画像では、脊髄や神経根は小さい場所で損傷がはっきりしないことも多く、画像所見だけではなく症状を整理して検討することが重要なポイントになります。
弁護士の対応
カルテの詳細な検討を行った結果、明らかとなった問題点を記載し、改めて話し合いによる解決を求める文書を病院に送付しました。しかし、病院側は手術手技や手術方法に問題はないとして補償に応じず、訴訟提起となりました。訴訟においては、相手方は一貫して責任を認めませんでした。それに対して、椎間板ヘルニア手術についての基本的な手術方法や、神経根(脊髄から手足の方向に伸びる神経が分かれる部分)の損傷によって生じた症状などについて、20件以上の医学文献を提出し、脊椎外科専門医の意見書、リハビリテーション専門医の意見書などを提出しました。相手方は、訴訟中に患者の自宅前でカメラによる隠し撮りを行ない、下垂足やしびれはないなどと主張しました。医療機関として患者の隠し撮りをするというような悪意を持った許しがたい行動がありましたが、提出された隠し撮りビデオを供覧したリハビリテーション専門医に、ビデオ画像から明らかな下垂足としびれの所見が見られることを追加意見書として記載してもらい、提出しました。
裁判所からは「このような(隠し撮りビデオのような)ものが取られることは裁判所としても問題がある」との意見もあり、その後、裁判所から和解の勧告がありました。
医療過誤の結果
最終的には、約3500万円の勝訴的和解が成立しました。判決ではなく、和解による解決を選択したのは、本人の交渉段階ですでに何年も経過しており早期解決を図りたい希望があったことなどを考慮し、約3500万円の勝訴的和解に至りました。
富永弁護士のコメント
脊椎脊髄外科は、手術後に症状が悪化したとして相談に来られる方が多いと感じています。そもそも「手術をすれば良くなるから」と説明されて手術を決断されることが多いため、術後に症状が悪化すると患者さん自身で問題があったのではないか?と気づくことができるからです。
しかし、手術中の手術の方法に問題があることが多いため、カルテなどに手術のときの記載が十分にない場合等、カルテを十分に検討しなければ立証困難な場合も少なくありません。病院側は手術中の問題であるため、手術の方法は問題がなかったとか、患者の精神的な問題である、などと主張して話し合いに応じず、訴訟になるケースも多く経験します。脊椎・脊髄を専門に扱う医師は全国的にまだ少なく、専門性が高い分野であるため協力医を探すことができずに敗訴する例もあります。脊椎の麻痺症状や感覚障害と損傷部位の関係についての知識も必須ですが、そのような知識がなければカルテに書かれている症状から損傷部位を推測し、証明していくことはできません。さらに最近は内視鏡による脊椎手術も多く行われ手術ビデオを長時間にわたって検討する機会も増えました。脊椎脊髄外科で医療ミスではないかと思われるケースでは、脊椎の知識と専門医の協力体制が必須であり、手術ビデオを専門医と供覧する能力が弁護士にも求められます。
手術前には「すぐ良くなる」などといわれて手術を受けたが、手術前よりももっと悪い症状になったというケースは、手術中の操作に何らかの問題があった可能性が高いです。脊椎の手術後、「余計に悪くなった」と感じておられたら、是非、専門医の協力体制を持ち、症状から損傷部位を推測できて、手術ビデオを検討できる弁護士に相談されることをおすすめします。